昨年1月に沖縄で起きた交通事故、‘公務中’の米兵の違法運転が原因で対向車に衝突し男性が死亡した。日本では自動車運転過失致死罪に相当するが、日米地位協定で日本では裁けない。繰り返されている米兵の犯罪、沖縄県民の不満と憤りは計り知れない。屈辱的な協定、日本がアメリカの従属国であることを示す象徴的な協定である。
日米地位協定(1960年1月19日調印)
第17条:刑事裁判権
合衆国の軍当局は、公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する。
要は、軍関係者が公務中にどんな罪を犯しても、裁判権はアメリカにある、日本には裁く権利が無い、と言う協定である。
昨年11月、日米地位協定の運用が見直され、‘公務中’の米軍属の犯罪に関して、‘解釈’と‘応用=交渉=状況’の範囲内で、日本が裁く事が可能になった。今回の沖縄の事件が初の判決となる。今日、那覇地裁は禁固1年6か月の実刑判決を言い渡した。初の実刑判決…。戦後67年、日米地位協定締結後52年、やっと日本の司法がアメリカ兵の国内犯罪者を裁けた記念すべき日である。
だが…、「運用の見直し」の域を出ず、地位協定改定ではない。
アメリカはイラクから撤退した。当初の計画では、「一定期間」「一部米軍」をイラクに駐屯させ、治安に当たらせると共に、イラク治安部隊を指導するシナリオだった。アメリカは駐屯させる条件として「地位協定」を主張したが、イラクは「屈辱的な協定は絶対に認められない」と拒絶した。アメリカは米軍属(要はアメリカ人)が犯す犯罪の司法権を確保できなければ、米軍属の安全性を保障できないと判断し、完全撤退の決断をしたと言うのが通説である。
パキスタンでも米軍属(米軍・CIA等々)による殺人事件が問題となっている。アメリカは犯人を保護し、アメリカに帰国させ、アメリカ法で裁き、無罪解放する。その「差別扱い」に対するパキスタン人の怒りは、沖縄県人の怒りと同質だろう。
戦争中のアフガン、裁判は無関係である。「勝者が正義」、人道問題も情状酌量されてしまう。
アメリカに屈した日本、1960年代の時代背景は判らないでもないが、日米地位協定と言う「屈辱的協定」を承諾した政治家の責任は重い。今回の判決は、やっと成し遂げた「一歩前進」である。
「アメリカとアメリカ人の安全を保障すれば良い」と言う、アメリカの「エゴイスティックな常識」が通じなくなる世界になりつつある。歓迎すべき事象だろう。日本の政治家には、もう少し肝を入れて頑張ってもらいたいものだ。少々情けない話だが…。


by iza-bear
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